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マルチメディアタイトルの特性(その5)
マルチメディアCD入門(1995年11月発行):竹内 好
4.新しい試み〜さらなる可能性の開拓

(1)CD-ROMとしての表現
 コンピュータ技術の進化に伴って,CD-ROMタイトルもその表現の幅を広げてきた。静止画像だけではなく動画の再生も可能になり,より豊かな表現ができるようになった。その一方で,技術の進化だけを追いかけ,「新しい技術を試してみよう」といった「技術に対する興奮」がだんだんとおさまり始め,CD-ROMタイトルならではの表現,ストーリーの展開というものにじっくりと取り組んだ作品も増えてきた。
 そのような動きの中でCD-ROMによる新たな表現の可能性を探り,「図鑑,データベース,ゲーム」といったこれまでCD-ROMタイトルが得意としてきた分野にとらわれず,またこれまで既存のメディアも表現しきれなかったジャンルに挑戦していこうという作品も多い。そこにはマルチメディア文化の成熟への兆しが感じられる。ここではこのような新しい試みのいくつかを取り上げ,メディアとしてのCD-ROMタイトルの今後の可能性,動向などについて考えてみたい。

(2)音楽CD-ROMの可能性
 時代の先端をいくアーティストが新しい表現方法の可能性を秘めたCD-ROMに注目し始め,ミュージシャンが手がけたCD-ROMタイトルもいくつかリリースされている。その中でも「ピーター・ガブリエルのエクスプローラI」(米RealWorld Multimedia社/フォトン(株))は,マルチメディアの特徴をうまくいかした斬新なアイディアが盛り込まれた傑作だと言えるだろう。「ミュージシャンがつくったCD-ROM」というと,ビデオクリップと音楽の組み合わせといった印象が強いが,この作品はそんな固定観念を見事に打ち砕いてくれるほど,随所にいろいろな工夫が見られる。
 このCD-ROMを起動するとまず画面にピーター・ガブリエルの顔のパーツが現れ,うまく組み合わせてモンタージュ写真のように仕上げることから始まる。そしてこの顔のパーツは,目が「パーソナル・ファイル」,耳が「世界の音楽」,鼻が「ショーの舞台裏」,口が「アルバム『US』について」といった「エクスプローラ」の四つの世界への入り口になっている。例えば,目の「パーソナル・ファイル」では人権擁護団体「アムネスティ・インターナショナル」や「ウィットネス」の紹介など,ピーター・ガブリエルの個人的な活動を見ることができる。ここには1989年6月に起きた中国天安門事件のショッキングな映像なども収められている。これ以外にもそれぞれのパートが,彼のミュージシャンとしてだけではなく一人の人間としてジャンルにとらわれない幅広い活動の内容について伝えてくれる。

 このように豊富な素材をただ単調に見せていくだけではなく,いかにユーザーを「エクスプローラ」の世界に引き込んでいくかといった工夫が随所に見られ,そのどれもが楽しい仕掛けとなっている。例えば「世界の音楽」では世界中から集めたアフリカの親指ハープなどの珍しい楽器の演奏の様子とともにマウスでその楽器に触れることで,音階ごとに音が出る仕組みになっている。また,この作品の中に隠されている12個のアイテムを見つけないとショーの舞台裏を見ることができない仕組みになっていて,10個前後集めるとCD-ROMで使われているサウンドやアイコンのファイルがハードディスクにコピーされるといったギフトも用意されている。
 このように細部に至るまで実に丁寧につくられていて,新しいメディアを開拓しようというピーター・ガブリエルの真摯な思い入れが伝わってくる。曲や歌詞,アルバムのジャケット写真,世界の楽器の音色やレコードスタジオの様子,音楽祭の舞台裏などの情報が文字,音声,グラフィックス,動画を駆使して斬新なかたちで現れる。そして,ユーザーはマウスでクリックすることでいろいろなものを発見していく。まさに,メディアとしてのCD-ROMの特性を十分にいかし,また新たな表現の可能性を開拓した作品と言えるだろう。

(3)コンピュータの中の自然
 現在30歳代の人たちは昆虫採集の経験がある恐らく最後の年代になってしまうだろうと言われているが,それほどまでに環境破壊が進んでいるということだろう。「アウトドアブーム」と言われ,環境保護活動も盛んになってきているが,自然は刻々とその姿を変えていくようだ。そのような状況の中で自然をコンピュータのディスプレイ上に再現し,「コンピュータの中の自然」を楽しもうというのがCD-ROMタイトル「アウトドアワンダーランド」(NECホームエレクトロニクス(株)/(株)ぎょうせい/(株)インターリミテッドロジック)である。
 この作品のストーリーは,アウトドアライフを愛する渡辺一家が湖にオートキャンプに出かけるところから始まる。ユーザーは主人公の竜太少年といっしょに林の中や川辺を自由に歩き回りながら動物を観察したり,釣りを楽しんだり,テントの張り方や火の起こし方など,アウトドアライフのハウツーを学ぶ。ここでは次の場面にジャンプするような「抜け道」はあまり用意されておらず,ユーザーは竜太少年といっしょにゆっくりと自然の中を散策しながらいろいろな出会いを楽しみ,そこからさまざまなことを学んでいく。
 ディスプレイ上に現れるイラスト,写真,動画のどれもが高い品質で緑豊かな自然の世界へとユーザーを誘う。また,画像だけではなく,音楽や効果音も耳から自然がもつ優しさ,柔らかさを伝えてくれる。オープニングの音楽や川のせせらぎの音などは,いつまでも聞いていたいほど耳に心地よい。画面上にも余計なアイコンなどは現れず,ディスプレイ上に再現された自然を堪能することができる。そしてマウスであちらこちらをクリックするこで自然の魅力とその楽しみ方を発見していく。

 この作品では派手なイベントやハプニングは起こらないが,ゆったりと自然の世界を楽しむことができる。どこをどう散策するかということもユーザーの選択に任されているので,自由に自然のバラエティーに富んだ風景を楽しみ,動物や花の名前について学んだり,渓流釣りに挑戦したりするうちに自然とのつきあい方が見えてくるだろう。コンピュータという人工のものに再現されたものだということを忘れるほど,この作品の世界はどこまでも自然で心地よく広がる。
 また,単なるゲームともハウツーものとも違うこの作品は,家族みんなでリビングルームで楽しむことができる。家庭でのコンピュータの利用も増えてきていると言われるが,まだまだテレビやビデオほど一般的には普及していないようだ。そんな状況にあるコンピュータを書斎から開放し,真の「ホームユース」を目指すためにも,年齢,性別を問わず,このような「みんなで楽しめるソフト」が必要とされるだろう。CD-ROMタイトルによる新しい表現という意味だけでなく,「ホームユース」という分野の開拓といった意味においても,この作品は新しい試みの一つと言えるだろう。

(4) 新しい文化としての広がり
 これまでは,既にある素材を使って手当たり次第になんでもCD-ROMタイトルにしてしまうという動きもあった。そこには,CD-ROMタイトルというまだよくわからないメディアで表現してみたらどうなるか「ちょっと試しにやってみました」というような気持ちがあったようだ。しかしようやく技術革新に対する興奮も冷め始め,つくり手側もユーザーももっと落ち着いてCD-ROMタイトルというメディアについて考え始めている。例えば,これまでよく見られた「本」のメタファーを離れ,CD-ROMタイトルならではの構造,ストリーの展開といったものが模索されている。そして何よりも作品としてのオリジナル性,質の高さといったものが求められるようになるだろう。
 CD-ROMタイトルにおける新しいジャンルの開拓ということを考えると,これまで以上に様々な分野の業界,業種の人間がタイトル制作に関わってくることが予測される。そのような状況の中で,CD-ROMタイトルはさらに多種多様な表現方法を身につけながらコンピュータ技術の進歩とともに新しい文化として浸透していくにちがいない。
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