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マルチメディアタイトルの特性(その4)
マルチメディアCD入門(1995年11月発行):竹内 好
3.Edutainment〜教育とマルチメディア

(1)新しい教育ソフトの可能性
 家庭にパソコンが普及しているアメリカなどと違って,日本ではまだ子どもたちが家庭でパソコンに触れる機会は限られている。しかし一方で字校においてコンピュータを導入するケースも増え始め,子どもたちは大人よりはるかに抵抗感なくキーボードに触れ,マウスを動かしコンピュータを新しい仲間として迎えているようだ。
 そして教育とコンピュータ,マルチメディアとの関わりの中から「楽しく勉強していく機会を提供しよう」という「エデュテインメント」(Edutainment)と呼ばれる新しいジャンルが生まれた。ここでもCD-ROMは,その特性と機能を十分にいかして新しい教育ソフトとしての可能性を見せてくれる。この新しいメディアは子どもたちに何を語りかけ,そして子どもたちは何を得ていくのだろうか。

(2)「電子絵本」の試み
 子どもたちの絵本や物語に対する反応は,大人が思っている以上に素直なものがあるようだ。例えば,語り聞かせなどをしてあげると怖いところでは体をかたくしたり,おもしろいところでは歓声をあげたりする。そんな子どもたちの素直な反応をうまく取り入れたのがCD-ROMタイトル「Just Grandma and Me(おばあちゃんとぼくと)」(Broaderbund/(株)インタープログ)である。
 ストーリーは主人公のネズミがおばあちゃんと初めて海に行ってそこで出会うものに触れていろいろなことを学んでいく,という子どもたちにとって身近な内容となっている。物語が始まるとナレーションとともに画面全体に絵と朗読内容が文字としてディスプレイされ,朗読内容は読んでいる部分が違う色で表示されるので,耳と同時に目でもナレーションを追うことができる。また,画面上に表示された文字をマウスでクリックすると,その単語だけもう一度読んでくれる。つまり,その単語を理解するまで何度でも読んでくれるのだ。
 このように文字だけではなく,画面上に表示されている絵をマウスでクリックするといろいろな反応がかえってくる。例えば,ポストをクリックするとカエルが飛び出したり,海辺に落ちている貝殻をクリックすると歌いながら踊り出す。「飛び出す絵本」のような仕掛け絵本以上に,ここでは音や映像,文字を総動員して子どもたちの感性を物語の世界に引き込んでいく。

 このタイトルはクリックする対象もポストや貝殻といった実在のものにするなど幼児にも理解しやすいつくりになっている。また,ストーリーの展開も「おばあちゃんと海へ行く」ということを中心に進んでいくのでわかりやすい。「わかりやすさ」は,子どもを対象にしたものだけではなくどんなジャンルのCD-ROMタイトルにも不可欠なものと言えるだろう。そしてユーザーを飽きさせないような工夫も必要だ。そういった意味でこの「Just Grandma and Me」は画面上の何かをクリックすると必ず何かのアクションが返ってくるという,単純だけれどもわかりやすい,まさにインタラクティブ性をもったメディアとしてのCD-ROMの特性をうまく活用し,ユーザーにその楽しさを教えてくれる作品である。

(3)ファンタジーの世界に遊ぶ
 感覚と同じように子どもたちの「想像力」も大人が考えている以上に柔らかく果てしなく広がっているようだ。そんな子どもたちの想像力に豊かに働きかけるCD-ROMタイトルが「Cellofania(セロファニア)」(トンキンハウス)である。
 伊藤正道氏のメルヘンタッチなイラストで描かれるセロファニアの世界を少年と犬が月の船に乗って旅をしていく。そこで出会う作曲をするロボットや海の底に住むおじいさんとやりとりをかわし,記念写真を撮ったりしながらエピソードのすべてはひとつの流れとなってエンディングへとすすんでいく。
 ここでも画面に表示されるあらゆるものがクリックの対象になっている。そしてクリックをして返ってくる反応にも,子どもたちが飽きずに続けられるような細やかな心づかいがなされていて楽しい。この作品においても,わかりやすさとユーザーの参加意識を高めるような工夫が作品の中心に流れていると言えるだろう。
 ドキドキ,ハラハラするようなイベントや事件は「セロファニア」では起こらないが,それでも不思議といつの間にかファンタジーの世界に引き込まれてしまっている。台詞がないこの作品では,音楽もこの世界を構成する大きな役割を果たしている。穏やかでふんわりと優しいタッチの絵と音楽で彩られる「セロファニア」の世界を子どもたちは自由にさまよい,あちらこちらをクリックして作品と対話しながら旅していく。旅の途中の数々の出会いは子どもたちの柔らかい感性に働きかけ,また,子どもたちも楽しみながら抵抗感なく「コンピュータ」という仲間を受け入れることができるようになるだろう。

(4)「見る,聴く,触る」クラシック音楽
 CD-ROMを使えば音楽CDと同じ音質の作品を提供することができる。そんなCD-ROMの特徴をいかして,子どもたちにわかりやすくクラシック音楽について紹介しているのが「ピーターと狼」((株)オラシオン)である。

 この作品ではプロコフィエフ作曲の有名な音楽物語について音楽とアニメーション,オーケストラの楽器についての解説,クイズやゲームなどによって楽しめる内容となっている。例えば,あるフレーズからバイオリン,ビオラなどそれぞれの楽器が担当する部分だけを取り出すことで,子どもたちにオーケストラを構成する楽器の違いをわかりやすく説明している。また,画面に楽譜が表示されるので目で音楽を追うことも可能だ。このように耳と目で,そして自分でマウスをクリックしながら子どもたちはこの音楽物語への理解を深めていく。
 「ピーターと狼」以外にも「くるみ割り人形」や「動物の謝肉祭」などが「Music ISLAND」シリーズとしてCD-ROM化されることが予定されているので,クラシックの名曲を単に「聞く」だけではなく「見て,聞いて,触って」楽しめるようになるだろう。また,家庭においてだけではなく,音楽教育の新しいソフトとしてもCD-ROMの特徴をいかしながら今後の学校現場での活用が望まれる。
 このようにCD-ROMを使えば,音楽も静かに耳を傾けるだけではなく,自ら「参加して」楽しむものへと変化する。そして「参加する」ことによって「聞く」という受動的な態度からだけでは得られないものがユーザーにもたらされる。退屈だとばかり思われていたクラシック音楽の世界もそこに足を踏み入れて,働きかけることによってより身近なものになるのだ。
 「ピーターと狼」は,CD-ROMの特性を十分にいかしながら子どもたちの柔らかい感性に音楽の楽しさをわかりやすく語りかけていくだろう。そして子どもたちも,自らその作品に参加することによってより一層クラシック音楽に親しみを感じるにちがいない。

(5)マルチメディア文明の担い手を育てる
 このように「エデュテインメント」と呼ばれる分野のCD-ROMタイトルも年々その内容を充実させている。「教育ソフト」だからと言って「お子さま向け」とは限らず,大人でも十分楽しめる。それは言い替えれば「エデュテインメント」作品に求められる「わかりやすさ」や「ユーザーを飽きさせない工夫」は,どのジャンルの作品にも求められるものだということだろう。
 『世界CD-ROM総覧1995』((株)ペンローグ)には日本国内121,海外159,合計280作品のエデュテインメント系タイトルが収録されている。このように多くの作品がリリースされているのだから,家庭や教育現場でこれらがより有効に利用されることを望みたい。コンピュータと親しみを深めた子どもたちこそ未来のマルチメディア文明の担い手なのだから。
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