マルチメディアCD入門(1995年11月発行):竹内 好 |
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■代表的なタイトルの構造
1.Virturl Trip〜仮想空間を旅する
「こんな世界があったら」という仮想空間への憧れは誰の胸にも眠っているのではないだろうか。これまでも書籍や映画などによって様々な仮想空間の物語が語られてきた。しかし受け手側はあくまでも既につくられた世界を楽しむだけだった。
向上を続けるコンピュータ技術は,1990年に入りコンピュータ・グラフィックス(CG)による緻密な描写の実現を可能にした。そのようなCG技術の進歩により二次元からさらにリアルさと立体感を追求したCD-ROMタイトルが制作されるようになる。
CGによってコンピュータの中に現れた仮想空間。ユーザーはその中をさまよい,旅をすることによってストーリーを見つけていく。それはこれまでの既存のメディアが描いてきたものとは違って,ユーザー自身をも引き込むAnother
Worldなのだ。まさにCGがつくりだす仮想空間へのVirtual
Tripといえるだろう。
(1)実現しなかった未来への旅
このようなCGがもつ魅力をフルにいかした作品が1993年の代表作となった「GADGET」((株)シナジー幾何学/東芝EMI(株))である。
「GADGET」の設定は1920年代。オープニングでユーザーはスロースロップという紳士からホースラバーという科学者を捜してほしいという依頼を受け,「Grand
Central Railway」のチケットを手に蒸気機関車に乗り込むところからこの仮想空間の旅は始まる。この世界のことをよく知るために,ユーザーはその旅の途中でいろいろな人物情報や様々なgadget(ちょっとした装置,小道具,仕掛け)を集めながら謎を解いていく。
「GADGET」においてまず圧倒されるのは,CGによってつくられた空間の大きさだ。ホテル,駅,天体観測所,博物館などCGによってつくりだされた建物はどれも細部にいたるまで丁寧にデザインされ,ユーザーはその空間の広さを感じつつ自由に歩きまわることができる。さりげなく置かれた机や椅子といった家具などもCGによってリアルに違和感なく表現され,この仮想空間に息づいている。
また,「GADGET」に登場するCGによって精緻にデザインされた「実現しなかった未来の機械」の数々も,この仮想空間を構成する重要な役割を果たしている。例えばこのストーリーの全編を通じて力強い存在感を与える蒸気機関車。それはよく知られている「D51」のようなものではなく,黄金色の流線型の車体で疾走する。蒸気機関車以外にも二重反転プロペラでふわりと飛ぶ軽飛行機や走り抜けるモノレールなど,どれも1920年という「マシンエイジ」と呼ばれた時代の雰囲気を醸しだしながら,実際には実現しなかった空想の未来への憧れを誘う。
このようなCGの世界を旅しながら,ストーリーが進んでいくにつれて現実と仮想空間の境界がだんだんあいまいになり,いつしかその世界へ引き込まれてしまう。この仮想空間のリアリティーさを増す役割を果たしているのが登場する20人以上のキャラクターである。
これまでのCGを使った作品では人物が登場しないことが多く無機質な印象を与えることが多かったが,「GADGET」においてはこれらのキャラクターとユーザーが接触することで謎を解くために必要な情報を手に入れるというつくりになっているため,キャラクターの話を聞いたり,機械を操作したりといった日常生活に近い行動でこの世界を旅し,ストーリーが展開していく。さらに,全編を通してノイズすれすれにかすかに聞こえる音楽も,この仮想空間の雰囲気を盛り上げている。
このように精緻なCGと綿密に練り上げられたストーリー,そして効果的な音楽により,「GADGET」は単なるアドベンチャー・ゲームというよりも映画的な趣きをもつ。ユーザーはこのタイトルによって表現される「実現しなかった未来」とも言うべき仮想空間のVirtual
Tripを楽しみつつ,ストーリーは意外なエンディングへと向かっていく。
(2)自然な仮想空間での謎解きの旅
CGをつかって仮想空間を構築し,話題になったもうひとつのCD-ROMタイトルに「MYST」(米サイアン社/(株)インタープログ)がある。
しかし,「GADGET」と同じようにCGをつかって表現しながらも対照的なのは,そこに広がるあくまでも自然な質感をもった世界だ。
「MYST」を起動すると暗闇の中に1冊の本が現れる。本をクリックすると見知らぬ島の波止場にユーザーは降り立っていて,そこから知的興奮を誘う「MYST」の旅が始まるのだ。波止場に沈む帆船,その先の高台にある巨大なモニュメント,島の奥にあるプラネタリウムと図書館,断崖絶壁に置かれたロケット・・・・・しかしそこには誰もいない。日は傾きかけたままその動きを止め,時間までも止まってしまったような不思議な場所で,ユーザーは島のあちこちにあるレバーやボタン,ダイヤルをさわったりしながら謎解きをすすめていく。
このような仮想空間を構成する「MYST」のCGは「STRATA
STUDIO Pro」(米スタラタ社)という3DCGソフトによってつくられた。そこに広がる画像は人工的なものとは思えないほどどこまでも自然な質感で美しい。一般的にCGというと明晰であいまいさがなく,「GADGET」のように人工的な質感をもつというようなイメージが強い。ところがこの「MYST」におけるCGの世界はSTRATA
STUDIO Proの機能を最大限にいかし,霞にけむる風景やしっとりと霧に包まれた空気の質感までも見事に再現している。
また,この謎解きの旅では「音」も重要なヒントのひとつである。波止場では波が岸壁をたたき,上空ではカモメが鳴いている。高台では風が音をたてて通りすぎ,建物の中のかすかな響きが耳に印象を残す。このように日常生活でも接するような自然音が,「MYST」の世界をそれが仮想のものであることを忘れさせるほどさらに身近なものにしてくれる。このタイトルでは意味のないBGMのようなものはあまり聞かれないが,控えめで画面の雰囲気を壊さないような音楽が実に効果的に使われている。それはCGがつくりだす仮想空間の雰囲気を盛り上げ,ユーザーを謎解きの旅,不思議な世界へと引き込んでいく。
「MYST」の世界に隠されている謎を解く鍵は,「水は低い方に流れる」「木は水に浮く」といった現実でも通用するような事実を一つひとつ積み重ねていくことの中に潜んでいる。また,謎解きの旅を続けていく途中で目にした風景や何気ない物の配列など,ユーザーの潜在意識に残されたものも総動員して謎は解き明かされる。このように目と耳そして記憶と感覚,それらを最大限に働かせながら謎を解いていく「MYST」の旅はまさに知的興奮を伴うVirtual
Tripといえるだろう。
(3)仮想空間を構成するもの
このようにCGによって表現された仮想空間も,しかしそれだけでは人を引き込むほどの魅力をもつことはできないだろう。そこに音楽(効果音),ストーリーといった要素が加わることでさらにパワーアップされた世界が構築される。そして,この仮想空間を旅するのはユーザー自身なのだ。エンディングへの道のりはユーザー一人ひとりによって違うストーリー展開となるだろう。多重なメディアとユーザーとのインタラクティブな閑係によってこのVirtual
Tripは成り立っている。
ここで紹介した「GADGET」「MYST」は構想から作品の完成まで約2年という歳月をかけて制作されている。いい加減ではなくじっくりとCD-ROMというメディアに向き合いつくられたタイトルだということがわかる。そのような制作者の思い入れが伝わってくるようなタイトルだ。そしてその思いは私たちをVirtual
Tripへと誘い,仮想空間への憧れを満たしてくれる。
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