2003.4.26
  アウェイでの韓国戦を分析してみましょう
 

4月16日、日本代表(A代表)はソウルで韓国代表との一戦に臨みました。結果は、試合終了間際の永井雄一郎(浦和レッズ)の劇的なラッキーなゴールで勝利をおさめました。

確かに永井のゴールはラッキーでした。でも、ツキを呼び込むことができたのも、それなりに理由があります。ロスタイムも残りわずかという時に、福西(ジュビロ磐田)が中盤で体を張って相手ボールを奪い奥(横浜F・マリノス)へ繋ぐ、奥はダイレクトで前線の永井へフィード、永井は韓国ディフェンダーに囲まれながらもドリブルで仕掛け、1人を交わしてさらに韓国ゴールに迫ろうとする姿勢が生んだゴールでした。

永井のことをご存じない方も多いと思いますが、実は、1997年のU-20ワールドユース選手権では柳沢や中村俊輔らとともにベスト8進出、1999年のU-20ワールドユース選手権では、小野や稲本や小笠原らとともに準優勝の実績を持っている選手です。私は、1997年のJリーグ開幕戦で、当時の日本代表のディフェンダーが揃っていた横浜マリノスのディフェンスを振り回した永井のドリブルに、スケールの大きい柔らかいドリブルができるFW(フォワード)タイプの選手が現れて来たと、たいへん注目させられた記憶があります。Jリーグでも、その才能を発揮してゴールを重ねて欲しいものです。


日本のA代表が韓国のA代表に勝ったのは1998年3月の横浜での一戦以来、アウェイでの勝利となると1997年11月のフランス・ワールドカップ・アジア最終予選以来ということになります。もっとも、1999年9月にシドニー・オリンピック・アジア最終予選前に行われたオリンピック代表によるホーム&アウェイでの2連戦では、東京で4点を奪って快勝、アウェイのソウルでも1-0で勝って連勝しているのですが、従来メディアはそのことをすっかり忘れているようですね。


さて、今回の一戦、皆さんはどのようにご覧になったでしょうか。戦前は海外でプレーする選手たちを召集せずにJリーグの選手だけで臨むこともあって、分が悪いと思っておられた方が多いと思います。(韓国も日本のJリーグでプレーする選手を召集しただけで、やはりヨーロッパでプレーする選手は召集しませんでした。)でも私は、決して簡単にやられるとは思っていなかったですよ。もう少しJリーグの選手たちを信頼してあげましょう(笑)。日本のJリーグは、そんなにヤワではありません。

で、試合を見終わってからの印象はいかがでしょうか。終始押されっ放しだったとか、苦戦を強いられたといった記事やレポートが従来メディアを中心に目に付くようですが、それはどうでしょう。全般的なボール支配率では劣っていたと思いますし、確かに3つ4つ危ないシーンがありました。でも、相手が韓国で、アウェイでの戦いなのです。それくらいは当然でしょう。また、試合全体を通しても、決して押されっ放しというわけではなかったと思います。


日本のスタメンは、GKが楢崎(名古屋グランパスエイト)で、ディフェンスラインは先日のウルグアイ戦と同様、右サイドに名良橋(鹿島アントラーズ)、センターに秋田(鹿島アントラーズ)と森岡(清水エスパルス)、左サイドが服部(ジュビロ磐田)。中盤の底に中田浩二(鹿島アントラーズ)と福西、中盤の前目が小笠原(鹿島アントラーズ)と三都主(清水エスパルス)。2トップに中山(ジュビロ磐田)と山下(ベガルタ仙台)という、ジーコ監督のオーソドックスタイルである中盤をスクエア型にした4-4-2システムでした。

試合開始後、まずペースを掴んだのは日本の方です。序盤から韓国がもっとガンガン日本のゴールに迫って来ると思っていた向きには拍子抜けだったかもしれませんが、それを許さないモノがあったと、日本チームを評価すべきでしょう。

そして、先に決定的なシーンを作り出したのは日本の方です。オフサイドになりましたが、三都主から中山へのスルーパス、さらには小笠原の実に惜しいシュートと、際どいシーンが続きます。 が、前半の半ば、日本のディフェンスラインが密集したところをアクロバチックなプレーですり抜けられてGKの楢崎と1対1になられたシーンは、あれは決定的にやられた場面です。幸いにもシュートはゴールポストを叩きましたが。ここから徐々に韓国に流れが行ってしまいます。前半終了近くでは日本陣内に釘付けになるシーンもあり、ここは確かに危険な時間帯だったと言えるでしょう。このガマンの時間帯を切り抜け、後半を迎えます。
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