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      震災から半年後の神戸にみる阪神・淡路大震災の爪あと      
       
     
      

(2分29秒)

◆ビデオのサマリー◆

1995年1月17日、兵庫県を中心に、関西地区はマグニチュード7.2の大地震にみまわれた。「阪神・淡路大震災」である。

最も被害が大きかった地域のひとつ、神戸市長田地区。あちこちから火の手が上がり、街は炎に包まれた。

多くの尊い命が奪われ、家や財産も失い、人々は心に大きな傷を負った。

しかし、それでも人々は瓦礫の中から立ち上がり、復興を誓って歩きはじめた。現在もなお、街の復興は続けられている。

被災後半年の神戸のようすと、それから5年後の生まれ変わった街のようすを、神戸市役所や三宮周辺の映像を交えて伝える。

◆関連情報◆

<阪神・淡路大震災>

1995年1月17日午前5時46分、兵庫県を中心に関西地区を襲った大地震。

震源地は淡路島北部。マグニチュード7.2の直下型地震で、神戸市・芦屋市・西宮市などの一部では震度7を記録した。

死者は約6400人、負傷者は重軽傷者を合わせて約4万人。全壊・全焼した家屋は約18万戸。約31万人もの人々が小学校などへ身を寄せ、避難所生活を送ることとなった。(平成12年1月11日現在。数字は兵庫県庁ホームページ
http://web.pref.hyogo.jp/ より)。



建物は倒れ、道路は寸断され、交通・通信機関もマヒ。水や電気・ガスなどの供給も途絶えた。多くの人々は、避難所を出ても仮設住宅への入居を強いられることとなった。

しかし、住民の努力とボランティアの支援によって、被災地は力強く復興への歩みを始め、その動きは現在もなお続けられている。


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