『デジタルラタトゥイユ 〜マルチメディア戦線参戦記』
書評 (比留間
千稲/小説家)
ホットにして冷徹という著者の人格がこれほど鮮明に浮かび上がってくる本もめずらしい。「コンテンツ人」を自任する著者の竹内好氏は、デジタルコンテンツ&マルチメディの草創期からこの世界に飛び込み、着実な営みを続けている人物である。
コンテンツ人とは、「物づくり」ではなく「モノづくり」であるデジタルコンテンツやマルチメディの「コンテンツづくり」を、いわゆるギョーカイ人とはちょっと違ったスタンスと流儀とテイストでやっている人間、のことらしい。
著者のポリシーとマルチメディア業界の流れが手に取るように書き込まれたこの本のページは、1993年4月の「マルチメディ・プロデューサーズ・ユニオン(MPU)の設立」にはじまり、「これからのマルチメディアタイトル、デジタルコンテンツづくりの視点」で閉じる。
まだ出版社に勤務していた1990年代前半、著者はすでに数十のCD-ROMタイトルをリリースしているというから驚く。「The
Voyage of the Mimi」という優れたマルチメディア教材に出会うなど、「自分の想いを確実に具現化できる場所を求めて」いた著者の前に、マルチメディア&デジタルコンテンツ制作への道は当然のように拓けたのだろう。
どういう仕事をしているか聞かれたら、「私はマルチメディアやデジタルコンテンツのプロデューサーです。特に、コンテンツの『編集』をベースにしています」と答えるという竹内氏は、マルチメディア&デジタルコンテンツ制作におけるプロデューサーの役割に多くの枚数を割いている。サッカーの「ボランチ」を例に引いてマルチメディア制作におけるプロデューサーの役割をわかりやすく説明。また、「大容量
、インタラクティヴ、複雑な構造と階層」を持つマルチメディア&デジタルコンテンツ制作において出会うさまざまな困難についても、例えば、第5章「プロデュースを円滑に進めるためのスキルとタクティクス」中の<クライアントにはフレームデザインを早い段階から起こしてディスプレイ上で見てもらう>、<作成したコンテにとらわれるあまり、それが足かせとなって自由な発想が妨げられることもある>など、具体例を引いてアドバイスする。
「マルチメディアやデジタルコンテンツってのは金かかる割に効果
がないんだって?」という世間の誤解や風評には、制作の公正な基準単価の考えを打ち立てて敢然と立ち向かう。ゲーム業界に見られる利権構造の指摘やメールマガジン批判、また、<情報とコンテンツ>や<スクリプトとプログラム>といった言葉の曖昧な使われ方にも鋭い批判の目が向けられている。
「アナログ的なCG」という言い方についての辛辣な指摘など、たくさん挿入されるエピソードはどれもゆかいな箸休め。また、「デジタルコンテンツ屋はベンチャーか」、「日本経済と国の支援事業について」などのページは、マルチメディアやデジタルコンテンツの制作を希望する若い人にとって見逃せないページだろう。
ずっしり中身の詰まったこの本を読みながら「著者が手がけたコンテンツが見たい!」と思ってしまうのは、わたしだけではなさそうだ。
(了)
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